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この物語を「エンタメ」として届ける理由―映画『90メートル』中川駿監督インタビュー

3月27日(金)公開の映画『90メートル』。

直木賞作家・朝井リョウの連作短編小説『少女は卒業しない』で商業長編映画デビューを果たし、『か「」く「」し「」ご「」と「』でも高く評価された新進気鋭の中川駿監督が、満を持して商業映画で初めてのオリジナル企画に挑んだ最新作です。

本作で描かれるのは、難病を抱える母と、彼女のケアを担いながら人生の岐路で葛藤する息子の姿。互いを想いながらも、ままならぬ日々にすれ違う親子の愛情が、監督の経験と重ね合わせて描かれます。

本作は胸を締め付けられるような物語でありながら、全編を通して軽やかさと、瑞々しい生命力が宿っています。それはこのテーマを「一部の関心層に留めず、エンターテインメントとしてより広く届けたい」と願う、中川監督の強い矜持があるからこそ。

その想いは、映画をあらゆる人に届けるためのバリアフリー版制作とも、深く共鳴するものでした。

今回、UDCast運営・Palabra株式会社が本作のバリアフリー版(字幕・音声ガイド)を制作したことを受けて、中川監督にインタビューさせていただきました。

垣根を越えて、私たちが共有できる「普遍的な物語」の核心に迫ります。

「いなくなっても大丈夫」なんて簡単には思えない

本作では、母と息子の「ケアと自立」が描かれています。中川監督がこのテーマを映画として描こうと思い立った、具体的なきっかけをお聞かせください。

実は数年前に母を亡くしたのですが、その際、私は介護をしていました。本作で描かれる病気とはまた違いますが、当時の自分を振り返ると、決して「いい息子」ではなかったという後悔がずっと胸に残っていて。そんな経験から、自然と介護や福祉というものにアンテナを張るようになっていました。

そんな時、あるドキュメンタリー番組を目にしました。お母さんをケアする高校生の男の子の姿が映し出されていて、それがどうしても他人事だとは思えなかった。何か「運命的な出会い」のようなものを感じたのが、ひとつの大きなきっかけです。

その番組の中で、ケアマネジャー※の方が「ケアをしているご家族が、『自分がいなくなっても大丈夫だ』と思えるようにすることが、私たちの仕事なんです」と話されていました。でも、実際には「いなくなっても大丈夫」なんて、そう簡単に思えるはずがない。その複雑さこそが、ケアを担う人間の核心なのではないか。そこを映画として描きたい、と強く思いました。

※ケアマネジャー:介護を必要とする人が適切なサービスを受けられるよう、ケアプランの作成や各所との調整を行う専門職。

広く届けるために追及した、リアリティとエンタメのバランス

ともすれば重い空気になりがちな題材を扱いながら、本作にはどこか軽やかさがあります。

作品全体のエンターテインメントとリアリティのバランスはすごく意識していました。

こういった題材は、真正面から描いてしまうと、どうしても重い空気になりがちです。そうすると、もともと関心がある人は観てくれますが、そうでない方々には敬遠されてしまう。それを避けたかった。

その「バランス」を象徴するのが、山時聡真さん演じる主人公・佑の学校生活の描写だと思いました。介護に直面する日常と並行して描かれる、あの瑞々しい空気感がとても印象的です。

学校のシーンは、本作においてエンタメ性を担保する重要なパートだと考えていました。

特に、同級生の杏花を演じる南琴奈さんには、「杏花が出てくるシーンは、観客が一息つける部分」だと伝えていました。また、家のシーンは物理的にも狭く、どうしても閉塞感が生まれます。だからこそ対比として、学校のシーンは空間を広く撮るように意識していました。

そういったこだわりによって、作品全体に風が通るような開放感が生まれているのですね。一方で難病を患う母親役を演じた菅野美穂さんの演技が、予告編の段階から「リアリティ」があると大きな反響を呼んでいます。演出にあたって、どのようなリサーチや準備を重ねられたのでしょうか。

この病気は進行速度も症状も千差万別です。まずは、私たちが「劇中の彼女は今どの段階にいて、具体的にどういった症状が出ているのか」という仮定を立て、そこから逆算してディテールを組み立てていきました。

実際に当事者の方やケアマネジャーさんに監修に入っていただき、劇中に登場するヘルパーさんのシフト表を組んでもらうなど、細部を徹底的に詰めました。

菅野さんも「なぜ動きがゆっくりになってしまうのか」「どうして呂律が回らなくなるのか」という身体の仕組みを、論理的に理解するところから始めてくださいました。現場での最初の演技からすでに完璧で、監修の方を含め、何も言うことがありませんでした。

映画鑑賞の新たなスタイルーバリアフリー版はすべての人に開かれた選択肢

中川監督の過去作品でもバリアフリー版の制作が実施されています。ご自身の作品に付与される前から、映画のバリアフリー版※の存在はご存知でしたか。

いえ、知りませんでした。『カランコエの花』でバリアフリー版の制作についてお声がけいただいたときに初めて知って、最初は「どういったものなのか」「どんなマインドで取り組むべきなのか」と分からない状態でした。

※バリアフリー版:主にバリアフリー日本語字幕と音声ガイドのこと。
・バリアフリー音声ガイド:映画の映像部分の情報を言葉で説明して、ナレーション収録したもの。テロップや情景・人物の動きなど、目から入る情報を説明します。主に目がみえない、みえにくい方に活用されています。
・バリアフリー日本語字幕:作品の「音」の情報を文字で説明した字幕。セリフだけではなく、話者名・効果音・音楽なども表現。主に耳がきこえない、きこえにくい方に活用されています。

しかし、実際に制作を経験した今では、バリアフリー版というものが非常に大きな可能性を秘めていると思っています。

今は映画の鑑賞方法がどんどん多様になっていますよね。必ずしも映画館だけで観るものではないので、例えば「寝る前に目をつむって、音声ガイドと一緒に映画の音に浸る」という楽しみ方があってもいい。「子供の寝かしつけの最中に、字幕を使って音を出さずに観る」こともできますよね。

たしかに、「バリアフリー版」は決して「特別な誰か」に限定されたものではありません。「自分には関係ない」と思われる晴眼・聴者の方にも、鑑賞の選択肢のひとつとして、より身近に感じていただければと思っています。

そうですね。ぜひそうなって欲しいです。

パラブラではガイド制作の際、みえない・みえにくい、きこえない・きこえにくい当事者の方々にモニターとしてご参加いただく「モニター検討会」を欠かさず行っています。この検討会には監督にもご参加いただきましたが、印象的なエピソードなどありますか。

音声ガイドの制作で一番悩んだのは、「すべての音を言語化することはできない」という点でした。

例えば、佑がぼーっとしている後ろで、先生が話しているシーン。物語上、その先生の言葉に意味はないのですが、『そこをあえてガイドで拾わない』という判断は、監督の意図を観客に押し付けることにならないか、と不安になったんです。映画って、観客ひとりひとりが自分でどこを見るか選べるものじゃないですか。

でも、モニターの方々が支持してくださったのは、むしろ私の演出意図を反映し、情報を絞り込むという選択でした。そこで、そもそも映画とは、コマ割りやカットを積み重ねる時点で、作り手が恣意的に情報を取捨選択しているものだと気付きました。

ガイドとしてどの情報を拾い、どこを削るか。その取捨選択は、私たちも毎回悩むところです。ほかに、制作の過程で気づいた「作品の新たな側面」などはありましたか?

音声ガイドの制作がとにかく楽しかったですね。

映画というのは、客観的なものだと思うんです。視覚を使って鑑賞すると、スクリーンという小窓から、作品世界をどこか俯瞰で覗き見るような感覚になる。

対して、音声ガイドとともに聴覚に意識を集中させてみると、今回は特に環境音にこだわって制作していたということもあり、自分がその世界に直接入り込むような没入感が生まれるという発見がありました。

すべての人へ贈る普遍的な物語

中川監督の過去作では、「尊厳死」や「LGBT」などにも触れられており、社会の中に存在するギャップや、そこにまつわる人々の苦悩に関心があるのではという印象を受けます。映画でこういったテーマを取り上げる中で、どのようなことを考えてらっしゃいますか。

私の最初の作品(『尊く厳かな死』)は「尊厳死」をテーマにしたものでした。実際に祖父を尊厳死で亡くし、悩む父母の姿を見ていたことがきっかけで、当時は「リアルに撮ること」が自分の使命だと考えていました。誇れる一本ではありますが、結果としてあまり作品を観てもらえなかった。

リアルさを追求するならドキュメンタリーや報道という手段がある。けれど、映画として社会問題に向き合うなら、エンターテインメントとしての向き合い方があるなと、その経験から気付きました。そこをずっと大事にしています。

「社会問題」という枠組みを超えて、まずは映画として楽しんでもらいたい。その想いは、今回の『90メートル』にも貫かれていますね。最後に、これから本作を観る方々へメッセージをお願いいたします。

本作は難病やケアの問題を扱っていますが、軸足はそこではなく、母と子の話だと思っています。それは普遍的なもので、誰にも通じるところがあるテーマです。私自身、バリアフリー版を利用する方もしない方も、映画を観てくれる方に垣根はないと考えています。ですので、どなたも構えることなく、劇場へ足を運んでいただければ嬉しいです。

誰もが同じ物語を共有できる。それは、私たちがバリアフリー字幕・音声ガイドを制作する上で最も大切にしていることです。本日は、素敵なお話をありがとうございました。

中川監督プロフィール

中川駿 Shun Nakagawa

1987年5月13日生まれ、石川県出身。自主制作した短編映画『カランコエの花』(16)はレインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜でグランプリを受賞したほか、国内の映画祭を席巻。現在でも多くの企業や教育機関研修等で教材 として、LGBTQ の理解促進に貢献している。その後、直木賞作家・朝井リョウ原作の『少女は卒業しない』(23)にて商業映画デビューし、住野よる原作の『か「」く「」し「」ご「」と「』(25)を経て、本作が商業映画として自身初のオリジナル作品となる。

上映案内

『90メートル』
3月27日(金) 公開
©2026 映画『90 メートル』製作委員会
配給:クロックワークス
https://movie90m.com

日本語字幕付き上映が一部劇場で予定されています。詳しくは劇場情報ページをご覧ください。
https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=90meters

公開日より、アプリ「UDCast MOVIE」を劇場でお使いいただくことで字幕・音声ガイドをご利用いただけます。また、一部スマホ利用OK館・タブレット貸し出し館では、お手持ちのスマートフォンや劇場貸し出しタブレットを用いて字幕をご利用いただくことも可能です。詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
https://udcast.net/feature/udcast-movie_theaterlist/

作品情報はこちら

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