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“良いこと”は続きにくいけど“楽しいこと”は続く
『ライフ・イズ・クライミング!』出演 小林幸一郎さんインタビュー

視力を失ったクライマーとその相棒が世界選手権4連覇を成し遂げ、想像だにしないクライミングに挑む映画みたいな本当の話。ドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング!』が、ただいま全国順次公開中です。

本作はアプリ「UDCast MOVIE」で日本語字幕と音声ガイドに対応、出演の小林幸一郎さんは、視覚に障害のあるモニターとしてUDCastにも関わっていただいていました。今回、長年の友人であり、本作の音声ガイドを担当した松田高加子が話を伺いました。

画像:ポスターの前 笑顔の小林さんと松田 ウエストまでの2ショット

本作のキャッチコピーは「人生は、美しい。」本作を観て小林さんから元気をもらった方、視覚障害のクライミングってどんな映画なのかな、と気になっている方に、ぜひ読んでいただきたいインタビューです。小林さんが音声ガイドでどのように映画をとらえたか、小林さんにとって映画とは。まさに『ライフ・イズ・クライミング!』な裏話をお楽しみください。

音声ガイドからアメリカの広大な景色の奥行きが聞こえた

―小林さんはご出演されながらも、どのように映っているかわからない状況もあったかと思います。
完成後にバリアフリー音声ガイドつきで映画を観ていかがでしたか。

小林幸一郎(本作の出演者/以下、コバ)
完成前までは、聞こえてくる言葉で「これはあのシーンだな」「これはあの時だな」って振り返りながら見ていたけど、音声ガイドが重なって初めて映画の全容が見えました。

僕が知らなかった、どんな所を旅してどんな景色の中にいるのかが少し見えて、それがすごく嬉しくて。目が見えていたときは、アメリカの会社でサラリーマンをしていたし、大学生のときに初めて行った旅行もアメリカだったので、どこまでも広がっていくまっすぐ伸びていく道路や、遠くに見える山並み、そこに向かって伸びる雲、青い空…そういう自分が見ていた景色の奥行きが音声ガイドから聞こえてきて、それがすごい嬉しかった。

場面写真 フライヤーに使われているカット キャンピングカーの前のコバとナオヤ

松田高加子(本作の音声ガイド制作者/以下、松田)
現地でコバちゃんが見たと感じられたものと、音声ガイドを通して映像に映し出されているものと、イメージは重なりましたか?

コバ
喋っている間に背景で別の映像が映っているとか、音声を聞いてるだけではわからなかったことがたくさんあった。

初めて登る場所はイメージがなかったから、どんな景色が広がっているのかわかるのは嬉しかった。自分たち目の見えない人間は手の届かないところに何があるかわからないから、それこそが知りたいことだと思う。

あと、光の描写が印象的だった。先天の全盲の人たちがどう感じるかわからないんだけれど、特に中途失明の人たちは、光に対して敏感なような気がする。自分が映っていた時、自分の後ろに広がる景色に太陽の光が当たっていたはずで、それが綺麗に映っていたらいいなと思っていたので光のガイドがあって嬉しかった。

実際の音声ガイド原稿より

青空の下、真っすぐに伸びる道路。

はるか遠くまで続いている。

道路の両脇には平原が広がり、

視界を遮るものは何もない。

 

前方に頂上が平らな砂地の山。

道路の脇に真っ黒な牛。

顔だけ白い牛がじっと車を見ている。

 

砂地の道を走る白いバン。

見渡す限り、青い空と大地。建物も人影もない。

 


 

空を仰ぎ、光をあびる小林幸一郎。

白髪交じりの短い髪。愛称はコバ。

幸せそうな笑みを浮かべる。

 


 

コバ
もしかしたらタカコ(松田)たちがずっとやっていることの本質と、少し意図がずれるかもしれないんだけれど、音声ガイドをつけてもらうことは、ある意味、目が見えない人たちが映画を楽しむ“脚色”だと思う。

BGMの音楽が入ることで見えてる人たちが映画をより楽しめるように、音声ガイドが入ることで映画をより楽しめるように“色付け”してもらってもいいんじゃないかな。見えている事実から逸脱しなければ、表情のこととか、もっと描写してもらっていいんじゃないかなってすごく思ったりする。

松田
被写体の表情の裏の心情って実際のところ本人にしかわからないけど、今回は被写体のコバに聞くことができて面白かった。私にとって今回、すごく貴重な体験でした。

クライミングのシーンも、音声ガイドのモニター検討会で詳しく説明してもらえて助かった。クライミングの知識がなかったけど、監督がクローズアップする部分はちゃんと意図を読み取っていきたかったから。

コバ
描写することと、なんでこのときこれが起きてるのかっていうことを言葉にすることと、両方が必要だから、気になるんだろうね。

松田
クライミングを知らない方でも、音声ガイドを聞いてもらえれば何をやっているかわかりやすいかもしれないです。

実際の音声ガイド原稿より

 縦に走る亀裂、クラック。

コバはカムがセットできているか確認する。

クラックに右手をねじ込んで安定させる。

左手の青いカムを口にくわえて持ち直す。

引き手を引くとカムが絞られる。

隙間に突っ込んで手を離す。カムが開いて引っかかる。

場面写真 クラックをのぼるコバ

コバ
僕の中でずっとやっぱり違和感があるのは「出演:小林幸一郎」って書いてあること。いや別に演じてないし、って思う。

でも音声ガイドがつくと、実際の事実の映像を組み合わせて、ストーリーが出来上がったっていうことがよくわかったから、出演者っていう言葉に集約されてるんだっていうふうに整理がつくような気がした。

白杖が自由をもたらしてくれている

―映画の後半で、白杖を掲げる場面が印象的でした。

コバ
映画の前半で、大会の表彰台の一番上に白杖を持って立つシーンがあるので、その自分と対比して、大会で金メダルを取ることと同じぐらい自然の中の岩を登ることや旅をすることに価値があるっていうことをシンボリックに表せたらいいと思って、周りのみんなにも言わずに白杖を持って行ったんです。音声ガイドを聞いて思い出した。

(編集注:視覚障害者の白杖(はくじょう)の携行については道路交通法で定められています。触覚で路面の情報を収集したり、障害物を検知したりするほかに、視覚障害者であることを周囲に知らせ安全に配慮してもらう機能があります。クライミング中は、本来白杖を持つ必要はありません。)

松田
私は初見で観たとき「あ、ここで白杖出すんだな」ということに、時が経ったことを感じた。
変な言い方だけど、出会った頃のコバちゃんはもうちょっと白杖と仲良くなかったと感じていたから。

コバ
そうだね、持つことが嫌だった。

松田
良いとか悪いとかの話しではなくて、時が経ったんだなって。人は変化していくんだなと思った。

コバ
タカコと初めて会った頃、白杖を持つことは嫌だったし、今でもなんでジロジロ見られなきゃいけないのかって、やっぱり嫌な自分がいる。

でも白杖があるおかげで、行ける場所、出会える人…たくさんあって。時間が経ったって言ってくれたけど、この20年の間に、この白杖があるおかげで出会わせてくれた奇跡がたくさんあったんだなって。

白杖に囚われないと何もできない自分、ではなくて、白杖が自分に自由をもたらしてくれていると思えるように、自分が成長できたんだなと思うよね。

松田
見えない方に肘や肩を貸して歩行サポートをする側からすると、白杖を持ってもらえていると助かるけど、持ってる人がどういう気持ちなのか一概には言えないよね…

コバ
中途失明の人は、思っている以上に白杖を持ちたくないという人が多いと思う。
一人で誰にも見られず、人混みの中を歩き、雑踏の中に消えていく自分がいたら良いのにと思う瞬間があるから。でもそれって実はすごく後ろ向きで、過去の自分と比べてるだけだから。

白杖があるおかげで新しいことができたり経験ができているんだなって、そう思える瞬間に気づくようになって、やっぱり昔の自分とは少し変わったんだなと思う。

画像:ポスターの前 小林さんの横顔 バストショット

大切なことを教えてくれたのがクライミング

―作品を通して、どうしてそこまで人を信じられるんだろうと、小林さんの覚悟に驚きました。その辺りの秘訣をお聞きしたいです。

コバ
“良いこと”は続かないけど、“楽しいこと”は続くという話をよくしていて。
やっぱり”良いこと”にはどこかちょっと無理があったり、頑張らなきゃいけないことがあると思うんですけど、楽しいと思えることは、放っといてもやりたいじゃないですか。
それって前に進んでいくことなんだと思うんです。

人との関係でも同じで、「あの人がすごい人だから」「あの人が良い人だから一緒にいたい」よりも、「この人といると楽しい」と感じられる人と一緒にいたいし、自分もそういう人でありたいと思える瞬間が多いです。

松田
見えなくなったほうが人を信頼しなきゃいけないシーンって増えるんじゃない?
晴眼(せいがん:目が見える人)だったころと比べて心境に変化はある?

コバ
ない。「楽しいことが大事」という価値感は、目が見えなくなったから生まれた感覚ではなくて、自分が昔からそういうことを大事にしてたんだなって気づかせてくれる。今回の映画もその発信の一つだったんだなと思う。

松田
確かにクライミング自体が見えている、見えていないに関係なく、ものすごく信頼関係が必要なことだよね。自分が裏切れば、もしかしたら自分だって裏切られちゃうかもしれない。そしてそれは命を脅かすかもしれない。

コバ
俺ずっと、すごく劣等感のある人で、子供の頃から勉強も嫌いだったし、頑張れないし、スポーツや体育も全然駄目だし、中学の部活も何もやってこなかった。最低だなっていつも思ってた。

そんな中でクライミングに出会って、色んな大人たちとの関係の中で「人ってこれでもいいんだな」「こういう生き方もありだな」って思えた。人との関係や、人と一緒に過ごすことの大切さを教えてくれたのがクライミングの場所だったんだよね。

松田
「クライミングは独りで登るんだけど、仲間が必要」ということは、今回書いてみて感じた。

 

コバ
映画でも監督や出演者の名前は前に出てくるけど、それは何十人、何百人ものキャストがいるからこそできてくるもので、やっぱり人生って一人じゃないってすごく思う。

映画館でさ、公開になってお客さんが入っていると笑い声が聞こえてくるわけさ。
もうそれが本当に嬉しい。
映画館から出てくる人たちが気持ちよく帰ってくれる。

今回、一生の宝になるような映画が形になった。
お涙頂戴、障害者のチャレンジ、みたいなことではない形に残ったのはすごく大きいと思う。

今後これをどう生かしていくかが、それこそ、これからの自分のチャレンジになるんじゃないかなって思ってます。

画像:建物裏の階段にて 白杖を持つ小林さんと松田 膝まで映った広めの2ショット 2人とも笑っている

小林幸一郎/Kobayashi Koichiro プロフィール

1968年2月11日生まれ╱東京都出身
16歳の時にフリークライミングと出会う。28歳で「網膜色素変性症」と言う目の進行性難病を発症し、近い将来の失明宣告を受ける。37歳2005年にNPO法人モンキーマジックを設立。「見えない壁だって越えられる」をコンセプトに、障害者クライミング普及活動を開始。競技者として、2006年世界初のパラクライミングワールドカップに出場し視覚障害クラスで優勝、2014年から2019年まで(46~51歳)、鈴木直也をサイトガイドに迎え、パラクライミング世界選手権視覚障害男子B1クラス(全盲)にて4連覇を達成。パラクライミング界のレジェンド中のレジェンドといえる存在。

映画『ライフ・イズ・クライミング!』

全国の劇場にて公開中
UDCastMOVIEアプリで字幕・音声ガイドに対応
※音声ガイドでは、コバとナオヤ本人による字幕の吹替え音声が収録されています。

画像:録音ブースの中 緊張した面持ちの小林さん バストショット

録音ブースの中 緊張した面持ちの小林さん

 

出演:小林幸一郎、鈴木直也、西山清文、エリック・ヴァイエンマイヤー
監督:中原想吉
音楽:Chihei Hatakeyama 
主題歌:MONKEY MAJIK「Amazing」
製作:インタナシヨナル映画株式会社、NPO法人モンキーマジック、サンドストーン、シンカ
配給:シンカ
2023 年/日本/本編89 分/5.1ch/1.90:1/UDCast対応
 (C) Life Is Climbing 製作委員会     

公式サイト:https://synca.jp/lifeisclimbing
公式Twitter:@LifeIsClimbing_

視力を失ったクライマー・コバ
彼の目となる視覚(サイト)ガイド・ナオヤ

出会いは2001年。「右手、1時半、遠め。右、右、右!」、遠くから聞こえる相棒・ナオヤの声を自分の目のように頼り、8の字結びのロープでつながり、命をゆだねて岩を登るクライマー・コバ。世界選手権4連覇を成し遂げたふたりが、次に目指したのは、ユタ州の大地に聳え立つ真っ赤な砂岩フィッシャー・タワーズの尖塔に立つこと。この、とんでもない冒険の結末は? そして、その時コバの目はどんな景色を見るのだろうか?

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