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見えないものに価値を置く時代の「夢とロマン」を書く

『嘘八百 なにわ夢の陣』脚本 今井雅子さんインタビュー

目利き古美術商と腕の立つ陶芸家のはずが、相も変わらずくすぶり続ける〈骨董コンビ〉が大人気の『嘘八百』シリーズ。最新作の『嘘八百 なにわ夢の陣』はアプリ「UDCast MOVIE」で日本語字幕と音声ガイド対応、日本語字幕付き上映が全国で実施されます。本作で1作目から脚本をつとめる今井雅子さんに、パラブラ代表の山上が話を伺いました。

「嘘八百 なにわ夢の陣」のポスターを挟んでおはどう、ございますのポーズをする今井雅子さんと山上庄子

『嘘八百 なにわ夢の陣』の魅力的なキャラクターの作り方や、コロナ渦を経て1・2作目とは異なるアプローチで作られた3作目の誕生秘話など、ただ面白いだけではない、『嘘八百』シリーズの「本物」の魅力に迫ります。
さらに、1作目と3作目の字幕付き上映の館数を計測するなど、バリアフリー版の魅力を理解し、「日本一バリアフリー上映に詳しい脚本家(自称)」である今井さんとは字幕や音声ガイドのディープなトークで盛り上がました。これからバリアフリー版制作に取り組む方にも、ぜひ読んでいただきたい内容です。

映画のお客さんを選んじゃいけない

今井雅子さん(以下、今井): 『嘘八百』の1から数年でバリアフリー環境も変わっていますよね。バリアフリー上映について、今までは意味があまり通じなかったのが、話がわかる人が増えてきたと感じます。

山上庄子(以下、山上): 脚本家の間でバリアフリー上映のことは話題になりますか?

今井: 所属するシナリオ作家協会の脚本家仲間から問い合わせがくるようになりました。
例えば低予算で字幕がつけられないって言われてるんだけど、どうしたらいい?みたいな話とか。
もう何年か後には、字幕も義務化されると聞きましたが?

山上: 障害者差別解消法という2016年にできた法律が、当時は行政に対してしか「合理的配慮」の義務化を言っていなかったんですけど、2021年の改正で、2024年の6月から民間事業者も義務化になります。

今井: エンターテインメントにも関係してくるわけですね。

山上: 「合理的配慮」は、興行側に過度な負担を与えて強制するものではないんです。
例えば予算の都合で字幕が作れなかったとしても、合理的な方法として、台本だけ貸して楽しんでもらうなど、柔軟に対応するところが問われます。当事者の声を無視しちゃいけないというか、やれることを考えていこうという姿勢が義務となります。

今井: 映画のお客さんの中に誰を含めて誰を含めないっていうことを選んじゃいけないな、と。誰もが見られる状態になるのが当たり前になればと思いますね。

あなたにしか書けないものがある

山上: 今井さんが脚本家になられたきっかけを伺ってもいいですか?

今井: 書くことを仕事にしたかったんですけど、「脚本家」という職業の選択肢があることを知らなくて、まずは大学を出て、広告代理店のコピーライターになったんです。

山上の背中ごし、笑顔でお話しされている今井雅子さん

当時読んでた「月刊公募ガイド」という雑誌に読売テレビの鶴橋康夫(つるはし・やすお)さんが連載を持たれてたんです。そこに、会社の別の部署の元テレビプロデューサーの菅原さんという男性が登場して、「出てましたよ」と菅原さんに伝えたら、うちの会社に鶴橋さんが訪ねて来たときに、会わせてくれたんです。いきなり図々しく、「鶴橋さんのあの原稿って、下書きしてないですよね、一発書きですよね、すごく面白いです」と話したら、「君、脚本を書いたらいいよ」って言われたんです。

その頃、どっちが先だったか覚えていないんですけど、「月刊公募ガイド」で新井一(あらい・はじめ)先生の「誌上添削講座」というのがあって、その講座に出しはじめたら、新井先生から原稿の裏に直筆で「才能があります」って。

山上: えー! すごい!

今井: でもそれは勘違いだったんです。
亡くなられたことを知らせる公募ガイドの記事に、「新井先生はご病気でしたが、送られてきた全ての作品に直筆でコメントを返してくれていました」とありまして…私だけじゃなかったんですね。
その時点でかなりおめでたいんですが、脚本家デビューして何年か経ってから当時の原稿を掘り出したら、「面白い発想ですね」とあって、「才能あります」とは書かれていなかったんです。
しかも横に「B」って書いてあったんです。先生はご病気だったので、手に力が入っていなかったのか、読めない「B」で…でも「B」にしか見えない(笑)

それが当時の私にはまったく見えていなかったんですよね。見えてなかったから勘違いして、「あのすごい人から才能があるって言われたんだから私はできるんだ」ってデビューしちゃったので、今でも教え子のことをとにかく褒めます。
「あなたにはあなたにしか書けないものがある。いいとか悪いじゃなく、あなたにしか書けないものがある。」って言い続けているんです。

天から生み出すTAIKOHと地に足のついた佐輔

山上: 『嘘八百』は今3作めで、キャラクターもそれぞれ確立していると思いますが、どのように作られていくのですか?

場面写真 中井貴一さん演じる則夫と佐々木蔵之介さん演じる佐輔が顔をつき合わせている場面

今井: 佐輔のキャラクターは、1から陶芸監修されてる檀上尚亮(だんじょう・なおすけ)さんが私の夫の小学校の同級生というご縁があって、檀上さんから陶芸家の生態について聞いてつくりました。冴えない陶芸家と彼を支えるしっかり者の妻は、共同脚本の足立紳さんが売れなかった頃の実体験がモデルです。でもそうやってできた佐輔が、打ち合わせを経てどんどん変わっていきますし、あとは、佐々木蔵之介さんによって変わってきていますよね。

最初の設定はもっとアホな人だった気がするんですけど、蔵之介さんのフィルターを通して出てくると、にじみ出る品性のようなものがあって、陶芸だけでは食べていけてなくて落ちぶれているけどちゃんと作家性を持った人になっていますよね。則夫も、中井貴一さんがやらなかったら違う則夫になっていると思います。

波動アーティストTAIKOH(タイコー)というキャラクターは、かなり早い段階にできていたんですけど、もっと成金で、もっと自惚れていて、嫌な人でした。
それが安田さんに決まって、アーティスト性が前面に出てくるキャラクターになりました。
絵を描くのが大好きだった少年が汚れることを知らずに大人になったみたいな。実際安田さん自身もそういう空気をまとった方で、自分が描いているというより天から降りてきたものを媒介になって描く、そんな印象を受けて、セリフを全面的に書き換えました。

TAIKOHは天から生み出す。一方、佐輔は土をいじって、地に足つけた生活をして、地面から生み出す。みたいな2人の対比ができたんです。

場面写真 安田章大さん演じるTAIKOH(タイコー)がカンバスに向かう様子

「本物」が一晩で「贋物」になる今

今井: 『嘘八百』は1でも2でも、人を騙しながらも「本物ってなんでしょう」という話をしてきてるんです。で、3になったときには、本物か贋物か、嘘かマコトか、というのも、全てをとっぱらった話にしようって思って、今までと違うアプローチになりました。
それは時代の影響もあると思うんですよね。

「波動」という言葉がインフレを起こしているように、見えないものに価値を置く時代になってきています。コロナ禍で、見えないウイルスに振り回され、ワクチンも信じていいのか疑ったほうがいいのか…やっぱり自分の中に軸をもたなきゃいけないなって思ったところの、夢とロマンの話です。

山上: 私はそれをすごく感じていたんです。この振り回され感を面白く観ながら、これってまさに今の時代だな、みたいなことを感じていました。

今井: 万博の実行委員会がでてきますけど、それはやっぱりオリンピックのあれこれを経たからです。偉い人たちが何かを決めるときの、責任は負いたくないけど当てたい、みたいな無責任感ってありますよね。そこは共同脚本の足立さんが入れたいと最初から強く言っていたところでした。「自衛隊とゾウの綱引き」というセリフは、武監督が絶対入れたいという部分でしたね。(笑)

山上: 細部までいろんなネタが詰まっていてバリアフリー版を作っていても、全部拾いたいって思いました。

今井: 情報量が多すぎるってお叱りもありますね。要素を減らして、すっきりとした映画にすることもできたと思うんですけど、あえてもうなんか、おでんが煮こじれた、みたいなのが面白さかなと思って、どんどんぶっこんでいるんです(笑)

山上: それもこのコロナ禍を感じますよね。次から次へといろんなことがある感じで。

今井: 一体何が本当だったのって、ぽかんとしちゃう人もいると思うんですけど。今の私たちの現実がそうだなと思っています。毎日いろんな説が出てきて、振り回されて。
陰謀論、と言い切っちゃうのもいけないですが、簡単に人を持ち上げることもできるし、逆に簡単に人を引きずり下ろすこともできるし、本物が一晩で贋物 になるっていうのが今ですよね。

場面写真 TAIKOHが則夫を見つめる

その人にしかできない仕事をうみだすこと

山上: 今井さんはPalabraがバリアフリー版を制作した作品の上映イベントに 旦那さんと一緒に来てくださったんですよね。

今井: 2019 年の『夜明け』ですね。そのときの夫は、(緑内障の視野狭窄が進んで)男⼦トイレの表⽰が⾒つけられず、私がここだよって押し込んだ覚えがあります。こんなに⾒えてないなら、そりゃ⾳声ガイドがないと何が映ってるかわからないだろなと思いました。私も音声ガイドの端末を借りて一緒に観ました。(UDCastアプリを使ってスマホで音声ガイドを聞くこともできます。)近眼なので、画面に映った文字が読めず、物語の重要なポイントを音声ガイドのおかげで見逃さずによかったです。
印象に残っているのが、会場にいた視覚障害の女性が山上さんに感想を言われて、「音声ガイドのおかげで今では映画鑑賞が趣味になりました」と話されていたことです。

山上: 旦那さまと生活する中でもあるかもしれませんが、楽しめるものが限られてくるように感じるという声を聞きます。音声ガイドがきっかけになって映画を楽しめるようになるというお話は嬉しいですね。

今井: 登場人物が同じ場所で会話を続けていると思っていたのに、実は、家の中から外に変わってたら、セリフの意味合いが変わっちゃいますよね。そこで音声ガイドが短く、「カフェ」って言ってくれたら、ああ、場面がカフェに移ったんだなってわかります。

山上: 『嘘八百』でもバリアフリー版の制作では、必ずモニター検討会に立ち会ってくださっていますよね。脚本家が立ち会うのは珍しいパターンなんですけど、書いたご本人がみてくださるっていうのは本当にありがたいです。

今井: 視覚障害のある家族がいたり、⼿話を学んでいた縁で聴覚障害のある⽅向けの脚本講座の講師をしていたり、⾳声ガイドや⽇本語字幕を必要としている⼈の顔が思い浮かぶので、少しでも伝わるものを作りたいという気持ちがあります。

山上: 音声ガイドの制作で印象的な部分はありましたか?

今井: まさに今回情報量が多いので、省ける音声ガイドは省いた方がいいんじゃないかって、私からも言いましたし、モニターのお二方からも同じ意見が出て、省けるところを探りました。
それでこの前、うちの夫が見に行った感想が「結構省いてあったね」「でもまだ省けるんじゃないかな」

山上: へえ~!

今井: でもこの印象は、個人差があると思うんですよ。
字幕でも、どんな楽器を使ったどんな音楽が流れているか知りたいっていう人もいれば、音符マークがあればいいっていう方がいて、先天的に見えなかったり聞こえなかったりする方か、中途障害の方か、でも大きく変わりますよね。

また、モニター会のときって音声ガイドに集中して聞いていますけど、劇場では全体としてセリフも味わいたいってなると、できるだけ削りつつ、濃縮していたほうがいいし、同じことを短い文字数でというのを探った方がいいのかなって今回、夫のことばで思いました。

モニター会では、モニターの方に雇用が生まれてるのがいいなといつも思いますね。
やっぱりその人にしかできない仕事なので、これから合理的配慮がマストになってくるときに、いろんな企業の人から当事者の声を聞きたいっていう要望があって、Palabraではそういったヒアリングの依頼にも対応していらっしゃると聞きますが、雇用が生まれているところが素晴らしいと思う。

遠慮しないでバリアフリー版をみてほしい

山上: 『嘘八百』は、字幕をみてここでこんなことを言ってたんだな、みたいな発見がすごくありました。

今井: きっと何度も何度も再生して聞き取ってくださったからだと思いますね。

山上: 聞き取れなくって、いろいろ確認していただきましたもんね(笑)

今井: 大阪弁のニュアンスもありますよね。字幕にするとわかりやすい。

山上: 関西弁の監修も同時にやっていただきましたね。

今井: 1作目から感じていましたが、骨董の専門用語も字幕だとわかりやすいですよね。

ソファで語り合う今井雅子さんと山上庄子

今井: 私、作品によってはシリーズの途中でバリアフリー版の対応がなくなることもあるかもと思って、そうなったときのために、誰か「今回も字幕ありますよね?」ってツイートして!みたいな根回しをしはじめてたんですよ(笑)
でもそれより前に、今回も作りますよって言われて、ほっとしたんです。

映画作りって、クラファンだと思っているんです。
チケットを何人もの人が買うから制作費や宣伝費がペイできる「あと払いクラファン」だと思っていて、字幕や音声ガイドも、それがあるから行きましたって人が多いとまた作ろうってなるんじゃないかなって思います。
やっぱり作品である以前に、商品なので、商品としてちゃんとバリアフリー上映が付加価値にならなきゃね。

二回とか三回見る人は、一度は日本語字幕や音声ガイド付きで見ていただきたいですね。
この間Twitterで、アプリがあるから誰でも音声ガイドが聞けますって書いたら、晴眼者の方から「私が使ってもいいんでしょうか?」っていうコメントがあったので、ぜひぜひ、使ってくださいって書いたんですけど。
字幕上映は「セリフや⾳を聞き取れない⼈専⽤」と思って遠慮される⽅もいるんですが、「⼀ 緒に楽しむ」ためのものなので、そこは遠慮しないでほしい。「字幕上映は、⼈がよく⼊る」 と劇場が⼿応えを感じてくれたら、上映回数を増やそうとなりますし、上映館も広がっていくと思います。

山上: 最近は配信なども含めて字幕も増えていますし、慣れている人も多い気がしますね。
あと私たちとしては、こうして監督や脚本家が監修した字幕や音声ガイドはファンにとっても見たいもののように感じます。

今井: バリアフリー版は、それがないと楽しめない人はもちろん、視覚や聴覚が使える人にとっても、より作品を楽しめる。発見がある。書いた私がそうなので(笑)
あと演出の意図がすごくわかるので、脚本の演出を勉強している人もより奥深く楽しめます。バリアフリー版を⾒られた⽅の感想が作り⼿に届いて、「⽇本語字幕と⾳声ガイドは必要!」が当たり前になることを願っています。

今井雅子(いまい・まさこ) プロフィール

⼤阪府堺市出⾝。堺親善⼤使。テレビ作品では連続テレビ⼩説『てっぱん』、 『昔話法廷』、『恐⻯超世界』(以上 NHK)、『失恋めし』(読売テレビ)、『ミヤコが京都にやって来た!』シリーズ (ABC テレビ)、『束の間の⼀花』(⽇本テレビ)など話題作を⼿がける。映画では『パコダテ⼈』(01)、『⾵の絨毯』(02)、『⼦ぎつねヘレン』(05)、『天使の卵』(06)、『ぼくとママの⻩⾊い⾃転⾞』(09)、『嘘⼋百』シリーズ(⾜⽴紳と共同脚本)などを担当。絵本『わにのだんす』(エンブックス)、聞き⼿を務めた『産婆フジヤ ン』(産業編集センター)、『来れば? ねこ占い屋』(⼩学館)、『嘘⼋百』 『嘘⼋百 京町ロワイヤル』の⼩説版(PARCO 出版)の執筆も⼿掛ける。 saita にて⼩説『漂うわたし』を連載中。

嘘八百 なにわ夢の陣

全国順次公開中 配給: ギャガ
©︎2023「嘘八百 なにわ夢の陣」製作委員会

中井貴一 x 佐々木蔵之介の黄金タッグが、関ジャニ∞安田章大を迎え、ついにエンターテインメントの本丸、なにわ・大阪へ!
狙うは豊臣秀吉の幻の茶碗「鳳凰」。
終わりよければ、“嘘”も良し?!果たして最後に笑うのはー。
秀吉が遺した真のお宝とはー?

オフィシャルサイト https://gaga.ne.jp/uso800-3
UDCast作品情報 https://udcast.net/workslist/uso800-3/

嘘八百 なにわ夢の陣ポスター画像

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