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手話は「骨折した人が使う松葉杖」ではなく、言語

『LOVE LIFE』深田晃司監督、砂田アトムさんインタビュー後編

ヴェネチア国際映画祭に出品され、9月9日に公開された深田晃司監督の最新作『LOVE LIFE』。深田監督と、主人公の元夫・パク役を演じた砂田アトムさんへのインタビュー前編では、作品に込めたメッセージや、話し合いながらリアリティを追求した過程をお聞きしました。後編では、他言語への敬意、そして社会全体に残る「バリア」への思いを深掘りしていきます(取材・文:原菜月)

深田晃司監督(左)と砂田アトムさん

ろう者が当たり前にろう者を演じる「過渡期」

──砂田さんは、どのようなきっかけで役者を志したのですか。

砂田アトムさん(以下、砂田):私も父もろう者なんですが、父はキリスト教を信仰していて、日曜礼拝では司会を担当していました。手話でユーモアたっぷりに話すおもしろい人で、その様子をよく見ていました。当時私が通っていたろう学校では(口話を学ぶため)手話が禁止されていて、月曜日から土曜日まではしんどい思いをしていました。でも毎週日曜日は楽しみで、そのときは俳優というより、父みたいになりたいと思っていました。なぜなら、ろう者の俳優に会ったことがなかったんです。テレビでは、聞こえる人が手話を使う場面を演じていたので、ろう者にはできないんだと思い込んでいました。でも中学のときにろう者が作った映像を見て、「ろう者でも演じることができるんだ」と衝撃を受けました。あと学校の昼休みに、父の真似をして手話で友達に話を聞かせると、すごく喜ばれたんです。そこから舞台で話すことがしたいと思うようになり、1999年に映画「アイ・ラヴ・ユー」に出演しました。もっともっと、何でもできる俳優になりたいと思い、キャリアを重ねていきました。

──ろう者役を聴者が演じる作品は、まだ多い印象があります。

深田晃司監督(以下、深田):まだそれが主流だと思います。今は過渡期だと思うので、これから変わっていってほしいです。

砂田:絶対変わります!

深田:はい、絶対変わります!もう一つ言うと、今回はパク役が砂田さんだったからこそ、主役の木村文乃さんも安心して演じられたのではないかと思います。

──砂田さんも、今は「過渡期」だと思いますか。

砂田:そう思います。ろう者ときこえる人が一緒に演技や映像制作を学ぶ機会が、ようやく増えてきました。以前はろう者がきこえる人に講師を頼んでも、断られることが多かったんです。そのためろう者だけで集まってやっていましたが、技術の進歩がなかなか見られませんでした。
今は深田監督がご一緒してくださるなど、すごく変化を感じています。やはりまだまだ不十分ですが、変えられると信じています。というか、確信があります。なぜなら、ろう者の進学をめぐる状況も変わったからです。ろう者は昔、情報保障がない、そもそも進学を認められないなどの事情で、なかなか大学へ進めませんでした。でも今、進学の環境は整えられています。演劇の世界も同様に変われるはず。変わるべきだと思います。

画像:砂田アトムさん

手話は「福祉のもの」ではない

──砂田さんが映画で演技する上で、こだわりはありますか。

砂田:手話は、独立した言語です。福祉のものではありません。コミュニケーションのために手話ができたわけでもありません。ろう者がいるから、生まれた言語なんです。たとえばきこえる人に「こんなふうに手話で話してほしい」と言われても、自分はろう者としてのアイデンティティを持っているので、自分なりの「言語としての手話」を表すべきだと考えています。
『LOVE LIFE』の映像を見て本当にうれしかったのは、手話がしっかり見えるカメラワークだったことです。今まで聴者がろう者役を演じたドラマなどでは、いわゆる「お涙ちょうだい」な場面になると、顔にフォーカスされて手が切られてしまうことが多かったんです。『LOVE LIFE』では妙子がパクに怒るシーンがありますが、その手話もしっかり画角に収まっています。当たり前のように手話を言語として大事にしていて、本当に気持ち良く見られる映画です。

──監督としても、カメラワークは意識されたんですか。

深田:手話をきちんと映さないのは、台詞をきちんと録音しないのと同じです。よっぽどの演出的な意図がない限り、手話を映すことを前提にしています。
逆に手話だったからこそ、鏡越しや窓越しに話すなど、空間と場所を生かした場面ができて楽しかったです。パクが遠くにいる妙子に話しかける場面では、手話が大きくなるんですが、その時の砂田さんが本当にかっこよくて好きですね。

──深田監督の映画『海を駆ける』はインドネシアが舞台で、役者さんが現地の言葉で演じていました。多言語に対して、何か通底する思いがあるのでしょうか。

深田:色々な言語が一本の映画に共存しているのが好きなんだと思います。映画に複雑さを与えてくれるし、コミュニケーションが取れる・取れないで、関係性に変化を作れるからです。『海を駆ける』を撮るにあたって東南アジアの方々と話したのですが、彼らは当たり前のように多言語なんですよ。インドネシア語、マレー語、他にも色々な言語がちゃんぽんになりながら、日常生活が営まれている。語学が苦手な自分が言うのもなんですが、そこに豊かさがあると思います。
自分もそうでしたが、手話を言語としてとらえられていないと、「骨折した人が使う松葉杖」といった感覚になってしまいます。手話を含めた多言語を、日常で当たり前のように包み込む感覚になれればと思います。

画像:深田晃司監督

どんな立場でも表現者、鑑賞者になれるように

──バリアフリー字幕(注1)と音声ガイド(注2)をつけた作品は、『海を駆ける』に続いて2作目ですね。

深田:本当は毎回やりたいんですけど、なかなか予算が許してくれず…

──実は私、初めてバリアフリー字幕付きで映画を鑑賞しました。字幕によって描写が強調されたり、矢野顕子さんの曲の歌詞がすっと頭に入ってきたりと、発見がありました。監督自身、気づきや面白さはありましたか。

深田:監修させてもらい、できるだけ作品の演出意図が伝わるようにしました。ただ正直、自分自身がバリアフリー字幕で映画を見ることに慣れていないので、「聴者の方は字幕がないほうが集中できるんじゃないか」と思っていました。
ただ今回は初号試写やマスコミ試写から、できるだけ字幕付き上映を取り入れたんです。そこに来た聴者の方からは「字幕があってむしろ見やすかった」との声が結構ありました。あ、そういうもんなんだな、って。聴者だからこう、ろう者だからこうではなく、映画の楽しみ方ってもっと柔軟で、みんなが自由に選べば良いんだ、と思いました。少なくとも「字幕が入っていたから楽しめなかった」という人は今のところいないので、大丈夫なんだな、と。
僕は、矢野顕子さんの曲だけでなく歌詞も好きなんです。ろう者の方に歌の部分はきこえないけど、字幕でその歌詞をきちんと読んでもらえて、すごくよかったと思います。

──映画鑑賞のバリアフリー化の意義は、何だと思われますか。

砂田:手話があるのに字幕がついていたら、僕もちょっとうるさいと思うかもしれません。ただ、きこえる人もきこえない人もわかる共通言語はやはり必要なので、字幕は大事ですね。
実は小さいころ、日本の映画は何を話しているかわからないので、興味を持つことができませんでした。でも最近は日本映画やテレビにも字幕がつくようになり、少しほっとしています。日本人として日本の映画を楽しめるのは、やはり嬉しいです。

深田:自分は子供のころから、映画ばかり見て育ちました。それを当たり前にできない方がたくさんいることを、遅ればせながら(ユニバーサルシアターの)CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)さんを通じて、また自分の映画でバリアフリーに取り組むようになって、やっと少し理解できました。言ってしまえば、これまで自分が作ってきた映画は、きこえない・見えない人を最初から排除してきたわけですよね。非常に良くないと思います。
そもそも表現って、「私には世界がこう捉えられている」ということを世界にフィードバックすることだと思っています。それをまた誰かが見ることによって「ああ、そういうふうに世界を捉えている人がいるんだ」と知ることができる。表現の多様性という点で、誰もが表現者や鑑賞者になれることが重要です。
憲法は「文化的な最低限度の生活」を保障しています。どんな立場に置かれても、最低限、多様な芸術表現に触れられることが重要です。ただ、今の日本ではまだ実現していません。もちろん、Palabra(パラブラ:UDCastの運営会社)さんなどの働きで少しずつ増えてはいますが、社会の助成や補償がすごく少ない。本来なら、公的な援助のもとであらゆる映画をバリアフリー対応にしても良いぐらいだと思います。民間や個人の努力に大きく依存している現状は、社会として恥ずかしいことだと思っていきたいです。

注1:バリアフリー字幕
映像作品の「音」を言葉で説明する字幕。セリフだけではなく、発話者の名前・効果音・音楽なども表現します。主に耳が聞こえない・聞こえづらい方が映画を安心して楽しめるように作られています。

注2:音声ガイド
映像作品を言葉で説明するナレーション。映像の情景や人物など目から入る情報を言葉にします。主に目が見えない・見えづらい方が映画を安心して楽しめるように作られています。

映画『LOVE LIFE』
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ろう者を「社会問題を背負う存在」にしない
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