UDCast

ユーディーキャストに集まろう!

事業者の方へ

ろう者を「社会問題を背負う存在」にしない

『LOVE LIFE』深田晃司監督、砂田アトムさんインタビュー前編

ヴェネチア国際映画祭に出品された深田晃司監督の最新作『LOVE LIFE』が、9月9日に公開されました。主人公の元夫・パクを演じたのは、俳優でろう者の砂田アトムさん。彼の起用や手話の演技に注目が集まりますが、深田監督はこの作品をあくまで「三角関係の物語」と強調します。背景にはどのような思いがあるのか。深田監督と砂田さんへのインタビューを、前編と後編に分けてお届けします(取材・文:原菜月)

画像:

『LOVE LIFE』 STORY

妙子(木村文乃)が暮らす部屋からは、集合住宅の中央にある広場が一望できる。向かいの棟には、再婚した夫・二郎(永山絢斗)の両親が住んでいる。小さな問題を抱えつつも、愛する夫と愛する息子・敬太とのかけがえのない幸せな日々。しかし、結婚して1年が経とうとするある日、夫婦を悲しい出来事が襲う。哀しみに打ち沈む妙子の前に一人の男が現れる。失踪した前夫であり敬太の父親でもあるパク(砂田アトム)だった。再会を機に、ろう者であるパクの身の周りの世話をするようになる妙子。一方、二郎は以前付き合っていた山崎(山崎紘菜)と会っていた。哀しみの先で、妙子はどんな「愛」を選択するのか、どんな「人生」を選択するのか……。

英語やフランス語のように、手話も一つの言語

──『LOVE LIFE』は家族や愛がテーマかと思いきや、孤独に焦点を当てている印象を受けました。

深田晃司監督(以下、深田):今回の作品に限らず、自分が一番たしかで普遍的だと思うことをメインモチーフにしています。それは主に二つあって、言葉にすると非常に恥ずかしいのですが……。「人はいずれ死ぬ」、そして「結局私たちは孤独である」ということです。家族を持ったり、恋愛したり、宗教に入ったりすることで孤独を忘れられるかもしれないけど、本質的には逃れられない。毎回大切にしているモチーフです。

──今回は随所で、手話を通じて孤独が描かれていました。たとえば、妙子とパクが手話で会話して、そこに聴者である夫の二郎が入れない、という場面がありましたね。

深田:この作品は基本的にメロドラマであり、三角関係の話です。妙子とパクが共通言語を持っていて、二郎はその言語をわからない設定にすれば、よりスリリングな関係になるのではと考えました。自分は2018年、東京国際ろう映画祭のワークショップにゲスト講師として呼ばれ、恥ずかしながら初めてろう者ときちんと接する機会をいただいたんですが、そこで手話は英語やフランス語のように一つの言語だと知りました。しかも、とても映像的で、映画的な言語なんです。そこから、妙子とパクの共通言語を手話にしてはどうだろう、と考えていきました。

──なぜ日本の手話ではなく、韓国手話にしたのでしょうか。

深田:パクが韓国籍という設定は、また別のルートから決まっていきました。今回の映画は、矢野顕子さんの歌「LOVE LIFE」からインスパイアを受けています。歌詞に「どんなに離れていても愛することはできる」という印象的なフレーズがあり、映画でも「距離」がすごく大事になるんですが、映像で距離を表現するのはとても難しい。そこで、今回はまず主人公が集合住宅に住んでいる設定にしました。場面は公園、市役所、団地の向かいの棟、妙子の部屋と移り変わっていきます。妙子とパクの距離が縮んでいくのを表現するため、そう工夫しました。
その過程で、妙子とパクがさらにポンとひとつ、遠くへ行く必要がありました。二郎と元恋人が日本の地方の景色で逢引きする場面があったので、妙子とパクは海を越え、違う文化圏へ行かなければならず、韓国という設定にしました。
もともとパクの役名はパク・サンスでしたが、砂田さんの個性に合わせてパク・シンジに変えました。父親が韓国人、母親が日本人という設定にしたんです。

インタビューに答える深田監督

「聴者の勝手な思い込みだったらどうしよう」

──砂田さんがパク役に決まってから作り上げていった部分があるんですね。

深田:砂田さんに役をお願いしてから一番変わったのは、「視線を交わすかどうか」が大きなモチーフになった点です。「手話では相手を見ることがすごく大事で、視線を逸らすと拒絶になる」と砂田さんに教えてもらい、すごく面白いなと思いました。聴者の感覚だと、例えば仕事では相手の目を見て話せるけど、友人、恋人、夫婦と関係が濃くなればなるほど、なかなか視線を合わせなくなりがちですよね。それもまた、妙子とパク、妙子と二郎、それぞれの関係性の変化に使えるのではないかと考え、二郎が相手の目をなかなか見ないという設定を最終稿近くで加えました。

──視線を合わせるといえば、妙子とパクが鏡越しに手話で話す場面も印象的でした。あれは砂田さんのアイデアなのでしょうか。

深田:脚本にはもともとあって、オーディションでもやってもらいました。そのとき砂田さんに「そもそもこれって、ろう者にありえますか」と聞きました。こちらは面白いと思っているけど、聴者の勝手な思い込みだったらどうしよう、と思って。砂田さんに「大丈夫」と言ってもらい、自信を持って進めた、という感じです(笑)

──砂田さんがいたことで、よりリアリティを追求できたんですね。

深田:他にもたくさんあります。例えば手話で独り言をするのか聞いたら、「結構するよ」とのことだったので、砂田さんに独り言のセリフをかなり作ってもらいました。

砂田アトムさん(以下、砂田):すごく、うれしかったことがあるんです。当初、「きこえる監督は、自分でどんどん進めてしまうんだろうな」との思い込みがありました。でも深田監督は僕のところまで来て、対等な立場で意見を聞いてくださったんです。すごく感動しました。ありがとうございました。

深田:いや、こちらこそありがとうございました。砂田さんが来てくださらなければ、パクのキャラクターをリアルに作るのは難しかったので。逆に、ろう者役を聴者に演じてもらう場合のほうが……絶対大変だろうな、と思います。どうやって作っていくんだろう、って。

取材中に笑顔を見せる砂田さん

ろう者が演じる意義を求められるのはアンフェア

──パクは妙子と距離感が近いと感じました。演じる上で難しさはありましたか。

砂田:うーん。難しい面もあったし、やりやすい面もありました。役作りはたしかに難しかったですが、与えられた役をしっかり演じ切りたいと思っていました。たとえば、パクはホームレスだったため、実際に(ホームレスの方を)街の中へ見に行きました。監督が求めるパクの人物像と、僕が想定した人物像をぶつけ合い、融合させて役作りできたのが、すごく楽しかったです。

深田:今回は、妙子役の木村文乃さんにも二郎役の永山絢斗さんにも、忙しい中リハーサルの時間を取っていただけました。何本か映画を見て演技について考える、座学のような時間にも参加していただけました。それらを通じて、演技の方向性について共通認識が作れたと思います。

画像:場面写真

──『LOVE LIFE』で、パクはろう者というより、あくまで妙子の元夫、という描き方をされていたと感じました。

深田:そこは意識しました。当然、ろう者を取り巻く社会的な問題や生きづらさを描く作品があっても良いんですけど、逆に言うと、そのような作品ばかりでも良くないと思います。常にろう者が社会問題を「背負う」存在になると、演じられる役の幅が限定されてしまいます。今回の作品でみそだと思っているのは、ろう者が三角関係の一角を当たり前のように担っている点です。しかも状況によっては、(手話ができない)聴者の二郎のほうがマイノリティになる。そうやって、当たり前のようにろう者がいることが重要だと思います。
聴者の役やそれを聴者が演じることには誰も疑問を持たないのに、ろう者の役となると急に「なぜろう者なのか」と意図や意義を求められてしまう。やはりそれはどこかアンフェアな気がします。今はどうしてもろう者の役や出演機会が少ないので、取材でそのような質問を受けるのは仕方がない面もあると思います。ただ10年、20年後、ろう者が当たり前のようにフィクションに出る時代になり、そういった質問自体が意味をなさなくなれば良いなと思います。

後編 手話は「骨折した人が使う松葉杖」ではなく、言語
9月20日UP予定です。お楽しみに!

プロフィール

脚本・監督|深田晃司

KOJI FUKADA
ふかだ・こうじ /1980年生まれ、東京都出身。1999年、映画美学校フィクションコース入学。2005年、平田オリザ主宰の劇団・青年団に演出部として入団。10年、『歓待』が東京国際映画祭日本映画「ある視点」作品賞、プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞受賞。13年、二階堂ふみ主演の『ほとりの朔子』が、ナント三大陸映画祭グランプリ&若い審査員賞をダブル受賞。16年、『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。18年公開の『海を駆ける』で、フランス芸術文化勲章「シェバリエ」受勲。ドラマ『本気のしるし』(19/メ~テレ)を再編集した『本気のしるし《TVドラマ再編集劇場版》』は、第73回カンヌ国際映画祭「Official Selection 2020」に選出された。

砂田アトム[パク・シンジ]

ATOM SUNADA
すなだ・あとむ /1977年4月16日生まれ、愛媛県出身。愛媛県立松山聾学校小学部時代から父の影響で演劇や舞台に興味を持つ。演劇活動を目指して上京後、日本ろう者劇団などで全国各地の舞台に立つ。1999年、映画『アイ・ラヴ・ユー』(99年/大澤豊監督・米内明宏監督)にて映画デビュー。テレビ『みんなの手話』『手話で楽しむみんなのテレビ』(Eテレ)にて手話の会話劇に出演、書籍・DVDなどの手話表現モデルとしても活躍。
現在、日本ろう者劇団の手話狂言への出演、手話関係のイラスト・絵画活動、手話指導、芝居などを行うほか、YouTubeチャンネル『砂田アトム』にて精力的に手話トークを更新中。

映画『LOVE LIFE』
作品情報別のウインドウを開く

手話は「骨折した人が使う松葉杖」ではなく、言語
『LOVE LIFE』深田晃司監督、砂田アトムさんインタビュー後編別のウインドウを開く

このページをSNSでシェアする

ページの先頭に戻る