『うつろいの時をまとう』アフタートーク
〔ハサミを置く音〕は必要?作品を受け取るための字幕とは
日本の美意識をコンセプトに、独自のスタイルを発信し続けている服飾ブランドmatohu(まとふ)。その創作を追った異色のドキュメンタリー映画『うつろいの時をまとう』、パラブラは字幕と音声ガイドを制作しました。公開日からアプリUDCastに対応しています。
本作は第41回モントリオール国際芸術映画祭のオフィシャルセレクションに出品、ワールドプレミア上映され、渋谷イメージフォーラムにて公開されました。
4月14日 (金)、バリアフリー日本語字幕付きの上映後、アフタートークにパラブラ代表の山上が登壇しました。字幕モニターとしてご協力いただいた大橋春那さんをゲストにお招きし、三宅流監督と3人で本作の魅力や、字幕制作のポイントなどを語りました。
冒頭で三宅監督から、matohu(まとふ)は、日常の身近な風景や物に目を向け、そこから得たインスピレーションを“ことば”に変えて服に昇華していくことをコンセプトにしていること、だからこそ本作は“ことば”が軸になる映画であること、作品の“ことば”をしっかり伝えていく必要があるという意図で、字幕と音声ガイドを両方制作した、というコメントがありました。
本作の“ことば”の魅力を伝えるための字幕版はどのようにつくられたのか、試行錯誤の過程を、映像製作・字幕制作・ユーザー、3者の視点で語る貴重なトークとなりました。
映画の背骨として“ことば”が連なっている映画
大橋春那さん(以下、大橋):手話の読み取り通訳
本作には字幕モニターとして参加をさせていただきました。私は生まれつき聞こえないろう者ですので、バリアフリー字幕がついたことによって初めて知るってことが多いんです。音情報や話している内容が、聞こえる人と同じように一緒に楽しめるためにもバリアフリー字幕って大切だなと思ってます。どうぞよろしくお願いいたします。
三宅流監督(以下、三宅):早速ですけど大橋さんに率直にこの映画のご感想などをちょっとお伺いしたいと思いますけれども、いかがでしたでしょうか。
大橋:初めて見たときから、2人の会話や2人の関係性が字幕のおかげでよく理解することができました。
日本の美意識というところでは、美しい日本語の魅力と言いますか、知らない言葉もすごくたくさん出てきまして、なるほどなと思いました。
そして、ファッションというものを服だけではなく、会話ですとか、2人の普段の生活の中から服にそれを適用していくっていうようなところも、すごいいい作品だなと思いました。友達にも宣伝したいなと思っています。
山上庄子(以下、山上):そうですよね。私も大橋さんと一緒に字幕のモニター会に参加していたんですけれども、本当にファッションがテーマでありながら“ことば”の映画というか、特にmatohuのお2人が哲学と法律の専門家というところもあって、この作品は私も聴者としても字幕版で見るというところに特に魅力を感じていました。改めて文字で言葉を見ていく。それでインプットしていくっていうところにすごく惹かれる作品でした。
三宅:映画の背骨として“ことば”がずっと、ある種連なってるような作品だと思うんですけれども、そういう意味では言葉の情報量が非常に多い映画だと思います。その字幕の見え方としては、内容が入ってきやすいものでしたか?
大橋:そうですね、普段、日本映画の場合でも当然日本語字幕付きで見るので、私としては見慣れてるんです。なので量が多いなあっていうところは特に個人的には感じませんでした。私としては必要な情報です。たしかに字幕はしつこく出すぎてしまうと、映像に集中ができなくなってしまうという面もあるし、内容を知りたいために字幕ばかり見過ぎてしまうと映像の印象が薄れてしまうのでバランスが難しいと思うんですけども、今回は(字幕の位置が)縦だったり横だったりっていうふうに工夫されていたので映像も非常に見やすかったです。そして音楽情報に関してもしつこくなく集中できるような工夫をしてあったなというふうに感じました。
音楽の描写は作品に直結する
三宅:言葉を字幕にしていくっていう部分ではあまり葛藤はないと思うんですけれども、例えば、音楽をどれぐらい説明するのかっていうのは結構悩ましいと思うんですよね。この映画に関しては、オープニングとエンディングの部分に音楽の性質を示すような描写はあってあとはほとんど音符マークだったと思うんですけれども。
例えばそういう描写があると、音楽の雰囲気や印象が伝わってきやすいものなんでしょうか。
大橋:聞こえない人でも人によって様々だと思うんですけど、難聴の方ですとか中途失聴の方、また私みたいに全く聞こえない人とか、いろんな人がいるので、好みも分かれるんですね。個人的には自分の体験や概念というものと繋げながらイメージを膨らませていくっていうふうにしてるんですけど、今回の映画の場合には、具体的な楽器名がチェロとかピアノとかはっきり出ていて、なんとなくこんなふうに弾いてるのかなっていうようにイメージをしながら見ることができました。音楽をあえて入れているということは、そこに意味があると思うので、やはり字幕があると、非常に有効だなと思いました。
三宅:山上さんは多分たくさんの字幕の制作現場に多く関わられてると思うんですけど、こういう音楽の描写って、例えば他の場合だとどんなケースがありますか。
山上:その作品をどう伝えるかっていうところに直結する部分だと思うんですけど、音楽に関しては本当に作品ごとに判断は様々なんです。
今回の作品に関しては、ベースとして映像をしっかりと見ていただきたいので、美しい映像の方を優先しました。モニター検討会で大橋さんともう1人のモニターさんの意見を伺いつつ、最終的に監督が何を優先して見せたいかというところで判断をして作っていますが、結構これが作品によって違っていて、例えば、ものすごくシリアスなシーンに対してあえて楽しい曲とかポップな曲が当てられてるような演出方法もあると思うんですけれども、そういう場合には、音のありなしで見たときにそのシーンをどう受け取るか印象が全然違うと思うので、必ず字幕でも音楽の説明を入れていくっていうことをしますし、一方で大橋さんもおっしゃった通り、字幕は増えれば増えるほど目が字幕のほうへいってしまうので、映像を見る時間をどれだけ確保できるかっていうことを考えると、取捨選択をして最小限で入れていくという考え方はありますね。
今回の場合は監督にその場でいろいろ伺いながら、音楽の説明は最小限に留めて、ただゼロにすると雰囲気の情報がないまま最後まで見ていただくことになってしまうので、楽器の情報を入れて工夫したっていう経緯があったと思います。
三宅:中盤の各テーマの曲について、実際は結構トーンの違う曲が並んでるんですけどこの作品に関しては、基本を音符マークのみで表現されてたと思うんですけれども、大橋さんは、ご覧になってて、いかがでしたか?
大橋:そうですね。私個人的には音符マークがあると、今音楽が鳴ってるんだなあと判断しています。なので、難聴者の人とか、聴力がある方の場合にはわかると思うんですけど、私は本当に映像が美しかったので、映像に集中してすることができました。もし、今山上さんがおっしゃったように音楽の説明がいっぱいになってくるとやっぱり字幕に集中してしまって映像が見られなくなってしまうということがあると思うので今回は良かったんじゃないかなと思います。
三宅:あと、喋っている言葉以外で音について説明されているところと、されてないところがあるんですけれども。
例えば、インタビューを受けている2人の背景にある鳥の声などそういうものは字幕では表現されてない一方で、アトリエで2人が作業してるときの〔ハサミを置く音〕は、映像として見えているけれども、字幕が入っていました。
大橋:そうですね。映像だけでわかるところもあるんですけれども、今洋服を作っているっていうときに、裁ちばさみで何かを切っている、そして置くっていうことで、作品にすごく合っているなって印象的なシーンになるかなと思います。
山上:言ってしまえば映画作品って最初から最後まで何かしらの音が常にしてると思うんです。ただそれを全部字幕にしてしまうと、文字を読みに来たのか映画を観に来たのかわからなくなってしまいますので、基本的には映像を見ただけではわからない音の存在とか、あとやっぱり作品の中で重要となってくる音を中心に、取捨選択をして字幕として入れていきます。それも監督と相談しながらですし、モニターさんからここってシーンとしてるの?っていう確認をたまにされることがあるんですね。字幕が何もないとものすごく静かなシーンなんじゃないかって思われるんですけど、結構背景音はガヤガヤしていたりとか、音があるなしでその作品の印象が変わるっていうことがないように注意をして字幕を入れていくっていうのがベースになっていきます。
業界の中で明確なルールというのはないので、私達が基準にしてるのは、忠実に何かを伝えようとすることというよりは、やっぱり作品として受け取るっていうことを大事にしたいので、字幕ユーザーの方と聴者の字幕なしで観た方が鑑賞後に、字幕がどうだったねっていうことではなく、作品そのものの感想を、話し合い、語り合える状況になるように、そこを目指して字幕を作っています。
例えば音情報の入れ方も、「犬の吠え声」って入れるのか「ワンワン」って入れるのか、いろいろありますけれども、ドキュメンタリー作品に入れる場合、子ども向けのアニメーション作品に入れる場合、など、やっぱり相性もあると思いますし、そのあたりも工夫して入れていくような感じだと思います。
日本映画を観に行くハードルについて
三宅:お時間が迫ってきているようですので、最後に大橋さんに、映画において字幕がこうあってほしいとか、上映環境とか社会の環境も含めて希望とか要望とかってありますか。
大橋:聞こえない人たちが日本映画を観に行くってなるとやはりハードルが少し高くなるんですよね。バリアフリー字幕があるかどうかっていうのを前もってまず調べなければいけない。なのでその機会をもっともっと増やしていただきたいなと思います。
字幕がないと、やっぱり観に行く機会っていうのは減ってしまいます。作品をもっと増やしていければ友達を誘ってどんどん行きやすくなるかなと思います。
このように、上映の回数を増やす、そしていつでも見に来れるっていうふうになったらいいなと思ってます。
山上:年間約1,200本の映画が公開されていても、大橋さんと一緒に映画を観に行こうっていうときに、どうしても一緒に行ける映画が限られるっていうこと自体が、作品を選ぶことになるなって思うんですけども、やっぱり文化芸術こそ、誰に対しても開かれているものであってほしいなと思っています。
今日は字幕のお話でしたけど音声ガイドも含めて、どの作品もふらっと劇場に行くと自由に観られる環境になっていくといいなっていうのは常々思っています。
三宅:短い時間ではありましたが、これで終了させていただきます。
大橋さんと山上さん、今日はどうもありがとうございました。
終了後、パンフレットへのサイン会では、UDCastで音声ガイドを使って映画を観た視覚障害のお客様が三宅監督に感想を語りかける場面もありました。音声ガイドも字幕と同じように情報の取捨選択をしていますが、聞きやすくわかりやすい解説の内容だったと喜んでいらっしゃいました。
また、サインを求められ悪戦苦闘する山上の姿がありました。
本作は、京都シネマ、大阪・第七藝術劇場、名古屋シネマテーク、大分シネマ5にて上映中です。ぜひこの機会にお楽しみください。
うつろいの時をまとう
風景に心をよせる。服が、生まれる。
ファッションの世界を通して日常の美を追求するアートドキュメンタリー
【STORY】
2020年1月。東京・青山のスパイラルガーデンで、服飾ブランドmatohuの8年間のコレクションをまとめた展覧会『日本の眼』が開催された。matohuは“日本の眼”というタイトルのもと、「かさね」「ふきよせ」「なごり」など日本古来の洗練された美意識を表す言葉をテーマに2010年から2018年までの各シーズン、全17章のコレクションを発表してきた。デザイナーの堀畑裕之は大学でドイツ哲学を、関口真希子は法律を学んでいたが手仕事や服作りへの思いからファッションの世界に飛び込む。堀畑はコム デ ギャルソン、関口はヨウジヤマモトでパタンナーとしてキャリアを積む。そして2005年にブランド「matohu」を立ち上げ、彼らは“長着”という独自のアイテムを考案した。着物の着心地や着方の自由さから着想を得ながら、今の生活に合わせた形で作り出されたモダンなデザインの服である。
2018年、matohuは『日本の眼』最後のテーマとなる「なごり」コレクションの制作に取りかかり、伝統的な技術を持つ機屋や工房と協業しつつ、テキスタイルを作り上げていく。堀畑と関口はアトリエで激しい議論を繰り返しながら妥協することなくデザインを完成させ、そしてファッションショーの日を迎える。
公式HP https://tokiwomatohu.com/
UDCast作品情報 https://udcast.net/workslist/tokiwomatohu/
3月25日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
製作・配給:グループ現代
©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.