『侍タイムスリッパー』字幕・音声ガイド
モニター検討会レポート【音声ガイド編】
2025年3月某日、Palabra会議室で字幕・音声ガイドモニター検討会が実施されました。モニター検討会とは映画製作(配給会社)とモニター(聴覚障害者、視覚障害者)と字幕・音声ガイド制作(Palabra)の三者が映画のメッセージを正確に伝えるため、映画に合った表現を検討するため、意見を集約し、完成させていく会です。
一体どんな感じで進められていくのでしょう〜。作品は日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した『侍タイムスリッパー』(この数日後に発表されました)。初めて見学する字幕・音声ガイドモニター検討会。初心者の目にはどのように映ったのか、その様子をレポートします!

映画『侍タイムスリッパー』音声ガイドリスト
前回の字幕に続き、今回は音声ガイド。字幕とどのように違うのか?と会議室に入り、まず気づいたのが机の配置。前回(コの字型のレイアウト)と異なり、今回はすべての机が前を向いたスクール型のレイアウト。思わず「字幕と音声ガイドで配置が違うのはどうしてですか?」と聞くと、視覚障害者が音を聞き取りやすいように席はモニター前がいい。一方、字幕はろう者が意見交換で発話者の表情や読唇がわかりやすいようにコの字にしていますとの回答。
「確かに〜」
次に机の上に目を向けると、前回同様、A4サイズのプリント用紙(音声ガイドリスト)が置いてある。加えて携帯ラジオのようなものがひとつ。「これは?」と聞くと、音声ガイドのモニター検討会は制作者の読み上げた音声ガイドを実際にラジオで聞きながら鑑賞します。これはそのレシーバー。その中で表現にわかりにくさがないか、頭の中で場面が描けているか等、大体20分ごとに分けて確認し、必要があれば加筆修正を加えていきますとの回答。
「確かに〜」
始まる前から「確かに〜」の連続。知らないことが多すぎます!どうやら字幕版とは勝手が違うようです。さてはて、バリアフリー音声ガイドはどのように作られていくのか。それではラジオの周波数にステイ・チューン!前回同様、まずはみんなで映画鑑賞からです。
冒頭から約20分、1回目の鑑賞が終了。前回の字幕モニター検討会が全編を鑑賞した後だったのに対し、今回は1シークエンスごと。それだけに早い!という第一印象だ。どんな意見交換が交わされたのでしょう。【字幕編】に続いて、その一部を抜粋します。
無言の描写はどうガイドする?
■音声ガイド
続いて羽織袴の武士二人。
通りへ駆け出る新左衛門。
大勢の人が(無言で)行き交っている。
新左衛門は襟元と髷(まげ)を直す。
□本編
新左衛門「あ、すまぬ。ちと尋ねるが、
あのー、
■音声ガイド
驚く行商人。
□本編
ここは、いずこであろうか?」
■音声ガイド
去っていく。
□本編
新左衛門「なんだあやつは…」
■音声ガイド
振り返る。
女と魚売りが道端にしゃがみ、
身振りだけで楽しそうに話をしている。
新左衛門が歩み寄る。
Aさん(モニター・視覚障害)
撮影のシーンに入って、「身振りだけで楽しそう」っていうところがあるんですけど、これはその声を出してないっていう意味ですか?
Bさん(音声ガイド制作)
はい。そこを聞きたかったんですけど、全体的にこのセットというか、(セリフがある人たち以外は)役者さんたちは声を出してない。その部分を掴めているかなと思って。身振りだけでと言うのは、そういうことを伝えたかったんですけど。
Aさん(モニター・視覚障害)
そうですね。そうかなと思いつつ、何か始め新左衛門と魚を売っている人たちの距離感があんまりよくわかってなかったんで。単純に声が聞こえないだけなのかなと。その次の魚売りと対面しているとき、(聞こえないと)耳に手をやる新左衛門のところで喋っていないと確定した感じです。
(その後も、作者とモニターさんで「掴めていますか?」「繋がっていますか?」とやり取りが続く)
Bさん(音声ガイド制作)
(前のシーンで)通りに出たとき、大勢の人が無言で行き交っているのですが、そこは最初にフォローした方がいいかな?今はガイドを入れないでいますが。無言で行き交っているとした方がいい?
Aさん(モニター・視覚障害)
別に口を動かしているわけではないんですよね。であれば、「無言で」を入れなくても。
Cさん(音声ガイド制作)
それよりこの瞬間に新左衛門に違和感がないって感じの方が大事な気がする。
Bさん(音声ガイド制作)
新左衛門にとって違和感があるかどうか…
Cさん(音声ガイド制作)
無言かどうかより見た目の話。よくよく考えたら、みんな無言じゃん。あっ!声出してないみたいな。だから無言ではなく、「声出さずに」の方がいいのかも。
Bさん(音声ガイド制作)
うんうん。ちょっと出すのが遅かったのか。身振りだけの箇所がもうちょっと早く出てくれば無言と思えたのかも。
チューニングを合わせて脳内で景色を再生する
「撮影のシーンに入って、身振りだけで楽しそうっていうところがあるんですけど、これは声を出してないっていう意味ですか?」から始まったセリフのないシーンについてのやり取り。考えればわかることだが、視覚障害者にとっては何が行われているかわかりにくい。セリフのないシーンとなれば尚更である。
音声ガイドも「無言」がいいのか、「声を出さずに」がいいのか。ガイドを出すタイミングは?それによってシーンの捉え方やニュアンスも絶妙に変わってくる。こうしたやり取りの一つひとつはアート作品を複数人が視覚障害者に伝える対話型鑑賞にも似ているが、決定的な違いはモニター検討会はそこにチューニングが施されるということ。最適な解を導き、気持ちいい表現に落とし込む。それは作品の景色を脳内で正確に再生できるように設計する建築家とでも言えばいいのか。
他にも、「柄を回転する」「六方を踏む」、「月代(さかやき)」「竹光」など、時代劇ならではの動作・名称にガイド制作者から「大丈夫ですか〜」と確認が入ったり、逆にモニターさんから質問があがったり。その後、いくつかの加筆修正が加えられ、バリアフリー音声ガイド作品が完成する。上記の音声ガイドもこのように変更が加えられた。
前)大勢の人が無言で行き交っている
後)大勢の人が行き交っている
前)身振りだけで楽しそうに話をしている
後)声を出さずに楽しそうに話をしている
モニター検討会から気づくことは、気づかなかったところをそれぞれが補完し、完成に近づけていく行為だ。その中で、冒頭の無言のシーンはやり取りに最も時間を割いた箇所(因みに【字幕版】は前回の記事で取り上げた刀のぶつかる「キンキン」の音情報に最も時間を割いた)。そして時間を割いたやり取りからこんなことを思った。
https://udcast.net/feature/samutai_subtitle/
【まとめ】
初めての字幕・音声ガイドモニター検討会を振り返って
わからないところに対話の時間を割くことが、作品の理解を深め、同時にバリアフリーの理解も深める。だからこそ、字幕・音声ガイド版の作品を通じて多くの人に“わからなかった”が“わかる”に変わるグラデーションを体験してほしいし、さらに言えば、それらの体験の数がこれからの多様な社会に対応できる即興型ボディを獲得できるのかな?って。
そんな未来予想図を描いた字幕・音声ガイドモニター検討会。いかがだったでしょうか。「確かに〜」と思った方もそうでない方も、大ヒット『侍タイムスリッパー』はUDCast対応作品です。映画は絶賛ロングラン上映中!思い立ったら劇場にステイ・チューン!一人でも多くの方が『侍タイムスリッパー』をご鑑賞していただけるとうれしいです(終わり)

「警笛鳴らすな」の文字と新左衛門が映った舞台セット
■作品概要
出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの
監督・脚本・撮影・編集:安田淳一
殺陣:清家一斗
配給:ギャガ 未来映画社
©2024未来映画社
■劇場情報
一部劇場でスクリーンに字幕を表示する日本語字幕上映がございます。上映館及び上映期間については公式の劇場情報をご確認ください。
https://gaga.ne.jp/samutai/theater/
■鑑賞サポート情報
鑑賞サポート対応日:2025年4月4日(金)
鑑賞サポート内容:字幕・音声ガイド
※池袋シネマ・ロサ、川崎チネチッタ、シネ・ヌーヴォ、シアターセブン、あかつきシアターはUDCastを使ってご覧いただけません。また【デラックス版】も非対応となります。その他、鑑賞サポートについてはUDCastの作品情報をご確認ください。